Nさん・35歳の体験談

加勢さんに初めて出会ったきっかけは友人の誘いでした。 「面白い人がいるから一緒に会いに行く?」という誘いだったのですが、 私はとても気軽な気持ちで「行く」と答えました。その人が加勢さんでした。 友人がカウンセリングを受けている傍らで興味が湧いてきていたところ、「君は何か憑いているね」と言われました。
加勢さんいわく、その霊はおじいさんの霊で、あるお寺で「私が孫に似ているから」という理由で、懐かしく思い憑いてきてしまったようでした。 加勢さんはその霊が憑いてきたであろうお寺の絵を「こんな形の木枠の窓があって、少し離れたところにこんな建物があって・・・」と解説しながら描いてくれました。 私は仕事柄さまざまなお寺に行く機会があるので、それがどこなのかはまったく見当がつきませんでした。 私自身はそういった「霊や魂の話」を信じる方でしたし、加勢さん自身の周りからの評判も良かったので、その話は心にとめておきました。
そんなある日、あるお寺に用事があり行ったところ、ふと振り返ると何気に見たことのある窓が・・・それは加勢さんが描いてくれた絵にあった窓と同じ形だったのです! お寺の窓の形などにもそれぞれの特徴があるということも知っておりましたが、加勢さんの書いた絵は、どこにでもある形ではありませんでした。 恐る恐る脇の方へ目をやると、やはり加勢さんの絵にあったのと同じ建物がありました・・・背筋がぞっとしました!おじいさんが憑いてきたのはこのお寺だったのです。 加勢さんに言われていたとおり、気づいたら本堂に向かって手を合わせ、 「私はあなたの孫ではありません。どうかお引取りください」 と心の中でお願いしました。
その後すぐに加勢さんに連絡をとり、霊体の影響を完全に祓ってもらいました。 そうするにはまず私自身がその存在に自ら気づくことが大切だったようです、 何かの恨みがあって憑いてきていたわけではないので、直接的な悪影響があるというわけではなかったようでしたし、私自身も自覚があったわけではありませんでした。 けれど霊体が憑いているということだけで「身体の熱」を吸い取っていくので体力が低下し、最悪のケースでは「懐かしい」という愛情が執着に変わり「こっちへおいで」と死の世界へ招かれることもある、ということでした。
守護霊として、人には親族・先祖の霊がついています。 その愛情は「本当の守り」でしょう。 けれど「愛情」ではない「情」のみシンクロして憑いてきてしまった場合はいいことにはならないそうです。 「聞いてもらいたいことがあるから」「優しそうだから」といって憑いてくると、心情・温情といったその人そのものの熱を奪うというのです。それは霊媒体質である無しは関係ないらしく、私のように自覚症状はほとんど無い、とのことでした。 長い目でみておかしいと思うような体力低下につながり、ひいてはあちら側の世界へ連れていかれかねないのだとか。
その件があって以来、事あるごとに加勢さんに相談するようなご縁になりました。
ご相談したことの中でも一番大きかったのは、私の本家のお墓についてのことでしょう。
私は本家の跡継ぎですが東京に住んでおります。先祖代々のお墓は大分にありました。
なかなか行くことができないので、墓守は近くに住んでいる遠縁の親戚に預けていました。お墓の世話をしてもらうかわりに、お墓の土地を半分、その親戚に譲り渡しました。
親戚から「草がぼうぼうに生えていて、土地も広いし墓守も大変なのでコンクリートを敷かせて欲しい。費用はこちらで持つから。」という申し出がありました。 こちらも面倒なことを全部お願いしているという気持ちがあり、父はその申し出を了解しました。・・・私には「それでいいのかな」という思いが消えずにいましたが、まだ父が健在で親戚とのやり取りをしており、私自身も次男である遠慮があり、もやもやしながらもその件については口出ししませんでした。
二年後、その話を持ちかけてきた親戚のご主人がガンで亡くなられました。 なんとなく嫌な予感がし、親戚が墓地で写っている写真を手に加勢さんに相談しにいきました。その写真には不思議な赤い輪のような光が写っていました。 ご主人と、お墓をコンクリートにするために協力してくれていた墓石の業者さんが、その輪に囲まれるような形で写っていました。
加勢さんの話によると、その写真から、ご主人と業者さんはご先祖様たちから怒りを買うどころの話ではなく、「確実に狙われている」とのことでした。 つまりご主人はたたられていたのです。男性の場合、たたりはガンなどの腫瘍系の病気で現れることが多いとのことでした(女性は婦人科系の内臓器官の弱さとして出ることが多いとか)。※すべてのそういった病気の原因が「たたりである」という訳ではありません 亡くなられたご主人は私たちと同じ血筋ではなく、ご主人の奥さんであるおばさんが私の親戚の血筋を引いていました。普通たたりは血筋をたどって、その親族の長に年功序列で降りてきますが、血筋にいなくても身近に影響することもあるそうです。
このままではおばさんにも影響が出るかもしれないという懸念がありました。 ひいては、私の父に影響が出る可能性もあるということです。
加勢さんいわく、「写真からだけでは何がそれほどの怒りを生み出しているのかわかりづらい。ちゃんと整理するならば行ってみないと分からない」ということでしたので、全てを父に話して理解してもらい、加勢さんに大分まで一緒に行ってもらうことにしました。 私にとっては、大分への墓参りへ行く初めての機会でした。
墓の敷地内に他人のお骨が入ったということ自体、良くないことだそうです。 実際に墓に行ってみると、私たちの知らない間にお墓の土地に新しく階段と通路ができていました。墓石も、私の先祖代々の石碑よりも前に親戚の墓がせり出して建てられていたのです。
ふと加勢さんが墓石とは違い、通路の方に水を打ち始めました。 加勢さんによると、昔土葬だった時代に埋められた先祖の方が、そこまで流れてきているとのことでした。通路の部分でしたので、人に踏まれつづけているような状態になっていたのです。
その方は大変悲しんでおりました。他には、墓守を熱心にしていたおばあさんと、私を守護してくれているご先祖様の霊が強く怒っていました。その三人を中心に先祖たちは皆、それぞれ性格の違いで度合いの違いはあれど、訴えいたのです。 けれどもう済んだこと。コンクリートにしたことも、土の流れとともに身体が通路の下になってしまったことも、その怒りで現実に一人の方が亡くなってしまったということも。 怒りのエネルギーがそれ以上飛び火しないように、霊に対して加勢さんに浄霊ををしてもらいました。
そして加勢さんは私に「あなたが墓を洗いなさい」と指示しました。けれどそこには洗うための道具がありません。とりあえずバケツに水を汲み、手で墓石を洗うことにしました。 後で聞いたことですが、それには次の意味があったのだそうです。
加勢さんは霊と直接話すことができますが、私にはできません。ですから私の誠意をわかってもらうには行動で示さなくてはなりませんでした。 普通、洗うものが無いからといって素手で洗うという行為には出ないでしょう。けれど炎天下の中、私はそうしました。 それが、ご先祖様が私を選んだ理由だったそうです。「私ならなんとか心を懸けてくれるだろう」ということがご先祖様たちには分かっていたのです。ご先祖様たちは理解してくれそうな私を選び、霊能力があり話がわかる加勢さんに出会わせたのだそうです。
霊も人の思いです。 結果だけがよければ良いというものではなく、心を砕いてくれている過程・行程、気持ちを向けて行動していることを見せる誠意が大切なのです。
「名前だけの先祖」ではなくここに自分がいることの流れに気付き、墓守の意識が途切れたのを取り戻せたことが、この旅で得たことでした。 その地の親戚には、これらの詳しい話はしていません。霊の話は親戚の間でするには、とてもデリケートだからです。
私自身が節々で気になり、もやもやとわけもわからず心配していたことに対して、原因もちゃんと見晴らすことができました。自分で自分の行いに納得できました。父ですら知らなかった階段のことも判明しました(霊の存在を信じない父はこのことで驚き、加勢さんの力を認めました)。 このことから、家族の間でお墓に対する意識が芽生えただけでなく、それぞれが「家族」において自分はどの位置にいるべきなのか改めて考えなおし、家をまとめていく向きへと姿勢が変わっていきました。「家族」の意識が高まったのです。
「ご先祖様に対してした善き事は、恩恵となってこの先に現れるでしょう」と加勢さんが話してくれました。「過去の整理は未来の整理にもつながる」のだそうです。 こういった問題に対面して加勢さんに出会い、対峙するのはその血筋でもきっかけとなる人であるそうです。我が家にとってはまさに私がその役目とのことでした。
あれから1年程経ちますが、腰の重かった父も含め今年の夏は家族みんなで大分へ墓前りに行くことになりました。
これも、加勢さんとの出会いの大きな影響でしょう。
このようなことの他にも、身体の調子を戻してもらったことなどがあります。
小さい頃、小児喘息を患っていました。その発作が、突然今になって出たのです。 とても苦しい思いをして医者へ行きましたが、「治らない」と診断され、症状を抑える薬を出されました。薬をもらうために何度か通院しましたが、一度加勢さんに観てもらうことにしました。会って話をし、チューニング(気の流れを整えること)をしてもらいました。
ほんの30分程、何をされたのか全くわかりませんが、その場で症状がなくなったのです!
「心の改善は必ず身体に現れ、必ず変化をもたらします。まずはストレスを吐き出す(話す)ことが大事なんです。チューニングで症状を緩和しながら心を解いていったのです。」 「痛みは『必要な痛み』です。それをネックとして全て取り除く、または抑えきることが価値のあることではなく、なぜそれが痛みとして出たのかを知ることに価値があります。」
現在も加勢さんには心身ともに、何かを感じたときには相談に乗って頂いています。 その時間の中で、全ての面において整理がつき、迷いがなくなりました。次にやるべきことがわかりやすいのです。出会ってからあらゆる事の進行具合が早くなりました。運もついてきたようです。
昔は「そんなことはどうてもいいじゃないか」と思っていたのですが、人にも物事にも「会うべくして会う」のだと知ることができ、得るものがたくさんあるということに気付きました。 仕事の現場であっても、プライベートの瞬間であっても、常にそういう意識を持てるようになりましたし、人の話に耳を傾けるようになりました。
私自身加勢さんに出会ったことにより、依存することなく多くの真実を知り、受け入れることができるようになりました。 偶然を必然と思える気持ちの強さを授かった気がしてなりません。 そしてその気持ちは、いま何よりの心の財産となりました・・・・。
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