●除籍謄本について
カウンセリングを受けられた際に、加勢先生から守護霊さまを探したり、ご先祖さまの問題等について知るために「除籍謄本を取ってみてください」といわれることがあります。
これは、婚姻や養子縁組、死亡などさまざまな事情により、ある戸籍に移動等の動きがあったことの記録を集めたものです。これを読み解いて家計図をつくり、出生や死亡の月日を知ることで、ご先祖さまたちがどのような状況にあったのかを知ることができます。
実際には4代から5代前までの記録が残っていて良いほうで、あまりに古いものは抹消されているか、場所によっては戦火により失われていることもあります。しかしそれだけでも、自分の親族の中で起きた様々なドラマを垣間見ることができます。
「読み解く」必要があるのは、古くなればなるほど「漢字」と「カタカナ」で、筆で書かれた記録になっていくからです。書式はあまり変わらないのですが、文字は現代のように印字された、さらっとしたものではありません。
あまりに達筆な記録は、読むだけでも時間がかかります。一見してくじけてしまうくらい読めないものもありますが、時間をかえけてパズルを解くように、「同じ形が何度も出てきてるなぁ・・・」と頭を使いながら進めていけば(笑)大丈夫です。日本語なのに読めない、という経験もおもしろいものです。
そして自分で文章を書き直し、誰が誰の何なのか(お嫁さんとか、お母さんとか)の関係図をつくり、最終的には清書します。それぞれの出生年月日と死亡年月日をあわせて記録していくと、何歳くらいまで生きていたのか等も重要な手がかりになります。
関係性がややこしくてわからない場合は、おじいちゃん・おばあちゃんや親戚の方に聞いてみると、知っていることがあります。
■
この除籍謄本は一通がだいたい700円くらいで、本籍のある役所に以下のようなことを記載した手紙と切手をはった封筒、必要な定額小為替(金額はそれぞれの役所にお問合せ下さい)を同封して送ります。
手紙には以下のことを書きます。これも念のため、各役所にお問合せ下さい。
●請求者の氏名
●請求者の住所
●請求者の昼間に連絡のつく電話番号
●除籍謄本が必要な本籍住所
●上記本籍住所の筆頭者氏名と、自分との間柄
●なぜ除籍謄本を取り寄せるのかの理由
私の場合、理由には「家系図がつくりたいから」と書きました。
後で市役所の方から電話で確認が入りましたが、「守護霊が・・・」とは言わず(笑)、「お墓やご先祖さまを、わかるうちに整理整頓しておきたいので」といったようなことを言いました。
はじめは「一通¥700」ということで、700円の定額小為替をいれて送りましたが、何代も記録が出てくると、その一枚一枚につき¥700ということだったようで、最終的には¥4000~¥5000くらいかかりました。この間、何度も区役所から「あと○○円足りないので、すぐに送ってください」と、電話での連絡がありました。
ですから、昼間に連絡の取れる電話番号は重要でしょう。
ふと、地元の方言で話すおじさんから携帯に電話がかかってくるのも、なんだか楽しいものでした。
「どないしましょ、よーけ出てきたんですわー。これ全部出したら・・・ちょっとえらい量になりますけどなあ。どないしましょ、せっかくやから全部出しましょか。」
親身に丁寧に連絡を取ってくださった区役所の方に感謝です。
■
この作業、できれば守護霊さま探しに限らず、父方・母方の両方について調べておいたほうが良いと思います。人生の大きなドラマ的瞬間が、そこに記録されています。
嫁いでいく人と、今の時代に比べればあまりに早いその婚姻年齢。
多産な人と、産まなかった人。
養子縁組をして別の土地へ引っ越していった娘さんたちと、残された父母のこと。
第二次世界大戦でビルマ沖で、20歳にもならずに戦死した青年の命の痛々しさ。
妻や兄弟だけでなく、自分の子供の死亡届けまでも出している、長生きされたお父さんの切なさ。
自分のご先祖さまたちが乗り越えてきた、さまざまな悲しみと喜びを垣間見ることができます。
しかし籍が抜けることなので、どちらかというと切ないことが多いのですね。
でも、すごく長く添い遂げたご夫婦がいたり、養子に出すにも親戚の間での話だったり、あれやこれやと思いやりあっていた様子も伺えます。
また、その記録に認印を押している責任者が「村長」から「区長」になったり、長く歴任されている方、短かった方(笑)だったりすることもわかります。達筆だった係りの方が、筆からペンに持ち替えたことも・・・。
年号も「安政」や「嘉永」などが出てきたりします。なんとなく明治前のイメージが持てない私でしたから、ちょっとドキリとしました。
自分がここにいるということは、漠然と歴史の時間に聞いた遠い昔の時代にも、その時に生きていたご先祖さまが必ず居ます。
「昔だから」思いや感情が薄いものだった、なんてことは決してなくて(当たり前なんですけど、イメージでなんとなく「現代のほうが強烈」って思ってしまう)様々な思いやりと優しさと、深い愛情、もしかしたら愛憎と哀しみを抱えていたのだと、すこーーーしだけ、でも確実に実感することができます。
